Archive for May 2005

23 May

滝沢克己のライブ映像

joy 6月18日に開かれる滝沢協会の総会・等石忌では、滝沢さんの講演会の映像を会場内で流すことになっています。先日DVD化されたその映像を見る機会がありましたが、とても迫力のあるものでした。

 生前の氏を知らない私のような者にとっては、そもそもこういう声の人だったのか、という感想から、本で書いてあることが生でそのまま口頭から語られてくる、という「驚き」があり、大変刺激的でした。

 「絶対無相の主体が、創造の主が、絶対に、人間に先立っていて、そこに則って初めて人は、健康で、元気よく、明るく、この地上を生きられる」普段書物で読んでいることでもこうやって眼で見、耳で聴いてみると、脳裏に入ってくる度合いが違います。

 まさに生きた思想の姿がそこにある、という感じです。

 また講演会に奥様も参加され、最後の方で「まだ惚けていない」と感想をいうところなどは、とてもなごやかでした。

 映像自体は劣化していますが、それを超えて見る価値があり、DVDの複製を頒布することも十分可能では、と思われました。

23:55:00 | joy | No comments | TrackBacks

22 May

逆 縁

寺日誌 子が親に先立つ不幸を「逆縁」といい最大の親不孝とされ、昔は親は子の火葬に立ち会わないものとされていました(親不孝ものだからか、いやあまりに悲しいからだ)。ここの田舎でも少し前まではそういう風習が稀にですが見られました。室生犀星にも、幼くして逝ったわが子の火葬には行かず、ひとり縁側で亡き子の下駄を見て涙する詩があります。
 さてこれから述べようとするのは、仏教でいう所のもうひとつの「逆縁」です。それは 仏の教えに叛き・謗る行為や言動が反対に仏の道に入る縁になることを指します。お釈迦さまに刃向っていた者が反転、釈尊の教えに耳を傾けていくエピソードもあります。
 最近、滝沢協会の掲示板(これは「ブログ」です。「掲示板」の方です念のため)が醜悪な日本語の羅列で荒れてしまい、一読胸のわるくなる思いを味わいました。「いっそ掲示板を一度閉じるべし」という意見に対し、当の管理人氏は「このままもう少しやらせてほしい」と言った由。「縁なき衆生は度し難し」という考えに慣れてしまっている私などは、管理者は編集権を強く行使し、ばさばさと投稿を削除していくべき!!と思っていましたが(掲示板の閉鎖はそれに比べればはるかに良心的)、どうも自分の気の短さに今さらながら気づいた次第です。
 掲示板とは本来、管理者の裁量が表現の自由に優越する世界であって、メディアとしての限界を嘆くよりも、所詮その程度の(情報操作などあって文句の言えない)ものとして、メディアリテラシー上よくよく自覚しておく必要があると思いますし、滝沢協会の掲示板といえども例外なくそうだと今も思っています。
 しかしながら管理人氏は忍耐を以って協会の掲示板に対する姿勢を説きました。感動したというとオーバーですが、ちょっと心を動かされました。そこにはいかなる誹謗中傷といえども表現した者に対する愛(のようなもの)があります。
 先ほど協会掲示板を覗いたところ、「正常化」に向かっていく兆しが見られました。
 「宗教間対話」などと口にしてみても、自分の話が通じなければちゃぶ台をひっくり返しているようでは(拙僧はひっくり返したことはもちろんないが…、そんなちゃぶ台も今はないが…)、誰がそんな話に耳を貸してくれるでしょう。
 「たがいに順逆の縁むなしからずして、一仏浄土のともたらむ」(『黒谷上人語灯録』)。道光上人の編纂した法然上人の語録にそうありました。<『岩波仏教辞典』参照> 
 自戒しきり……     合掌
18:38:13 | joy | 1 comment | TrackBacks

21 May

レポートします

だんま 昨日は在京幹事会。総会の細部をとにかく詰めた。どんなに詰めても机上のプランには不安がある。あとはその場の対応でいくしかない。

今日は古参会員のT氏を栃木県に尋ねた。インタヴュー。貴重な話も聞けた。これは会誌に掲載予定。乞う、ご期待。

名言: ウーヤーター! (昔のテレビドラマ『少年ジェット』(だったと想う)。悪いやつをやっつける必殺技。こういうドラマを見すぎてどうも今も正義は勝つ、という信念があるみたい。いいのか、悪いのか。「これで決まり」というのはその後も連綿とつづく。(つづく)


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23:07:26 | joy | No comments | TrackBacks

17 May

中心を見失わない

joy 仕事を一途にこなしています。ここまでの充実度はなかなかなかったことです。いつも何か逃げの意識がありました。そして何か、嫌気というものが襲ってきて、それで動きもスローになり、ごまかして過ぎていたような気がします。

 しかしいまはそうはなっていません。やる気を目前の仕事に向けることが、変化に自分をさらし、前に進め、充実を味わわせることだと感じるからです。

 これは何によるのでしょうか。いま協会関係でも、始めての総会へ向けてもいろいろテーマがあることはわかっています。

 仕事は前倒しに、仕事は攻めで。これは生活と意識とを軽くします。

 これで確かに仕事への意識が変わったことは事実です。よけいな感情にとらわれず、あせりや、くよくよもなく、仕事が流れていくからです。

 というのも、自分が全開であり、しかも無理をしていない、という意識があるからです。
これが理にかなっている、そういう自覚で、仕事に、実生活に向かっています。

 モットーは、自分のなかの違和感を見逃がさず、向き合い、気分よく生きる、ということです。自分の立っている場と、中心を見失わないということです。

 そうすればすべてはうまく流れていく、と信じられると思います。

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08:41:34 | joy | No comments | TrackBacks

16 May

しりにひが

だんま 協会本部は「尻に火が」つきました。総会が六月十八日。次の週が予約取れなかったので、一週間早い勘定。総会準備、会場、議案、予決算、その前に会報で総会出席を呼びかけなければ。出欠ハガキやーい。それに会誌。『ひろば』。出したい。これがまた大変。今年は経費節約でDTPでやる。従来の品格を落とすことになるが、背に腹はかえられない。みんな必至になって来た。

名言: 明日も暑うなるぞお。(妻を亡くした夫役の笠智衆、ひとり庭から瀬戸内海を見ている。そこに戦死した息子の嫁・原節子が迎えにきた。「お父さま・・・」と。促されて引き返し際のセリフ(記憶が曖昧。お許しを)しかしこのことば、千金の重みあり。火宅の人生を見事に描破。小津安二郎『東京物語』)

執筆を少しずつだが続ける。総会までに上梓はきびしい。進むしかない。明日の講義は「哲学史」。ヘレニズムから中世まで。信仰と理性のドラマを描くつもり。例年、イエス・キリストとは固有名ではない、などというと目をぱちくり。明日も暑うなるぞう!




01:14:25 | joy | 1 comment | TrackBacks