Archive for March 2006

23 March

「全肯定」を実感するという生命線

joy 講演会の前振りとして、この前の続きを書いてみます。
全肯定なる神と私との接触の事実が滝沢の「原事実」だと受け取ってみましょう。原事実からの発語が全肯定です。

そこで、私の思いや行動に対しての究極の自由の意識は、どういうときに生まれてくるでしょうか。

私はそれは、全肯定なる神の行為が私において実感され、それに則って私が生きると感じるときだと思われます。神と私が一つのものとして(異なりつつも)つながったときです。

そして滝沢の説は、「全肯定」「絶対肯定」をキーとして、広い展開が可能ではないか、これがいま考える事柄です。
「全肯定」が確信をもって語れるとしたら、これに優るものはないでしょう。

全肯定を真に実感し、そして語れないか。この生命線を、今回の講演会では問うてみたいと思います。



01:23:07 | joy | 5 comments | TrackBacks

14 March

滝沢のインマヌエルの「生かし」が人生を変える

joy 滝沢さんのインマヌエルの接触を考えていて、あるヒントをえました。
 西田が考えたのは「そこからそこへ」でした。
 滝沢は、そこに「生かし」が来ていることを語り続けました。
 その接点、転換点とは、思いとことばが湧くところであり、世界の生成の転換点・転回点だといえるのではないか、と思います。
 たとえば、いまスピリチュアルな分野で、

 思いとことばが人生を変える。
 ありがとうと感謝が人生を変える。
 世界とのつながりが自らの人生の流れを変える。
 世界とのスイッチオンが人生を変える

 などと言われていることは、世界との接触点、世界の生成点、を語っているのではないかと思います。
 そうすると、滝沢さんのいう原事実は、転換点・転回点に人が触れて人生が好転することや、感謝やありがとうで人生が転回するということにも、関係してくることだといえないでしょうか。

 世界の転回。世界が全開になること。光の氾濫。そこを見ていればいいαにしてΩの点。
 これらをも告げる原事実は、全肯定の世界を知らしめ、人生を全開へと転回させていく、ということができるのではないかと思います。

 こういうことを、今度の講演会では語ってみようと思います。


22:34:44 | joy | No comments | TrackBacks