Archive for July 2006

31 July

ニッポンの恩人・・・日本文化と滝沢克巳

だんま 戦後思想という捕らえ方と違う観点からも、滝沢克己を捕らえることが出来るのではないでしょうか。それが「日本文化」という観点です。その観点から滝沢克己を「ニッポンの恩人」と呼んでみたいのです。

私は日本文化の専門家でもなければ、周到に論じる用意があるものでもありません。ですから、今のところ、これから書くことは仮説、いや、その種というようなものでしかありません。しかし、今後、こういう観点をもって滝沢を語ることが必要ではないかと思い、敢えて書いてみる次第です。大方のご批判を待ちたいと思います。

滝沢の残した仕事を「日本文化」という観点から見てみると、次の三点で際立つものがあるのではないでしょうか。
(1)キリスト教への理解を深めさせた。
(2)マルクス主義の毒から日本人を守った。
(3)戦前・戦後に共通な日本人の課題を提出した。
こうした点において滝沢は「ニッポンの恩人」なのです。




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00:52:38 | joy | 5 comments | TrackBacks

27 July

戦後思想としての滝沢克己

だんま  たとえば、『考える人』(新潮社)の8月号特集、戦後思想の100人にも、平凡社の『戦後思想の名著・50選』にも、滝沢は出てこない。滝沢は戦後思想のシーンで100の指にも50の指にも入るような仕事を、残していないのだろうか。

そう考えていたとき、まず、「戦後思想」という括りの妥当性に二重の疑問が生じた。(略)

ところで、戦後思想としての滝沢については、私はこぶし書房の『場』(No26)に書いたことがある。そこでは戦後思想の課題として実存問題、社会問題、認識問題をあげ、滝沢がその問題に回答を与えた旨、ごく簡単に記しておいた。

その全てを展開する気は、ここではない。むしろ、戦後生まれの私の実感として、戦後思想としての滝沢の衝撃を書いておきたい。それは実存問題と社会問題とにかかわる。


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00:37:40 | joy | 1 comment | TrackBacks