Archive for August 2006

11 August

文化論から文明論へ

だんま 滝沢克己の意義 について、これまで戦後思想、日本の文化史という視点から考えてみました。しかし、滝沢の意義を考えていると、それで終わらないものを感じざるを得ません。多分まだうまく言うことが出来ないと思いますが、書いてみたいと思います。

「ニッポンの恩人」で大拙・西田・滝沢と並べました。これは秋月さんの視点の継承です。そう並べたとき、既に「戦後思想」という枠は狭すぎるものとなっていました。戦前・戦後、いや、少なくともキリシタン伝来以来続く日本人の文化的歴史的課題に滝沢を置いてみた次第です。

しかし、大拙・西田から遺贈されたものに「東西」の文明対立の超克という課題がありました。西田は西洋の論理に対抗しうる東洋の論理を発見し、そこに西洋を包摂した普遍的な価値を創造しようとしたと思います。大拙も日本的霊性を書き即非の論理を提唱して西田を助けたと思います。これは遅れて無理やり近代化せざるを得なかった日本人の、アイデンティティをかけた戦いでした。西田に直接師事した滝沢は西田の持っていたこういう高い志を肌で感じたはずです(末尾注)。




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01:11:44 | joy | No comments | TrackBacks