08 May

すべてを「滝沢」から

Mira このところの joy さんの書き込みとだんまさんのコメントのやりとり、面白く読んでいます。joy さんの「滝沢さんのものいいをまるごと受け止め、そこから汲み取りつつ、世界に迫りたい」という思いは、心から同感です。「一時[滝沢の]ものいいを拒否」して、「いままた、滝沢さんのところへ返って」きたという joy さんの思いは、それだけ重いものがありますね。

私自身は、24年前に「滝沢」と出会ってから一瞬もそこを離れたことはなかったです。滝沢先生を批判する人々の言説を読んでも、「この人には滝沢先生の指し示すところが見えてないんじゃなかろうか」と思いました。また、長い(!)人生のなかで閉塞感と絶望感にとりつかれて「悲観」の日々の連続であったなかでも、それにもかかわらず私を生かしていたものは、無論、神だったのですが、直接のよすがとなったのはいつも滝沢先生の教え、それが指し示してやまないもの、でした。

私にとって貴重な貴重なGWがついに終わりました!明日からまた仕事です。 ところで、私はハイチに興味をもっていますが、このGW中に読んだ本のなかに Edwidge Danticat の最新作 ANACAONA, Golden Flower があります。実在のハイチの原住民族 Tainos の首長であった Anacaona を主人公にした物語なのですが、これで分ったことの一つは、1492年にコロンブスがイスパニオラ島に到着(「発見」ではない!)する前には20万人以上いた Tainos族の人々は、その50年後には2~300人にまで減ったという事実です。今では、もちろん、絶滅しています。西洋の覇権主義の hubris(おごり)を、憤りとともに、感じます。
10:45:24 | joy | 3 comments | TrackBacks

03 May

新規参入、です

Mira みなさんの投稿、楽しんで読んでいます。私も今日、思い切って「新規参入」することにしました。(楽天の苦闘に妙に親近感を覚えます。)
第二弾のGW初日の今日、朝ゴミ出しのために外に出たところで、我家の塀にまだほかほかの犬のオシッコのアトを発見!犬を飼っていて、よそ様のブロック塀にオシッコをさせてしまった経験もないではない身としては、マ、ショーガナイカと思う。
いつものように吸殻などを拾いながらゴミ集積所へ向かう途中、近所の年長さんがいつも見かける drab な制服姿とは全く違うカラフルな洋服でカラフルな自転車に乗って向こうからやってきたので「おはよう!」と声をかけると「おはようございます!」とニコニコ。なんか、あったかい気持で集積所まで行くと、そこではスズメが今まさに worm をくわえて振り回しながら呑み込もうとしている、生きるための営みの現場を目撃。
家に帰って市の広報をめくると、「『振り込め詐欺』にご注意!」の記事が目にとまる。2年以上前「オレオレ詐欺」なるコトバが世に流布する前にこの手の詐欺に引っかかった時のクヤシサがまざまざと甦る。(あの頃何度も通った警察署の刑事さんは、何回目かの事情聴取の時に、「あれは『オレオレ詐欺』だったんだね〜」と言いました。)まぁ、諦めるしかない災難でした。
考えてみると、諦めて、「いい教訓だった」と納得すれば済むような災難は、文字どおり「不幸中の幸い」ですね。今度の尼崎市のJR事故などは……
すべてを見て人間を見守っておられる神は、しかし、人間のやることに直接介入はされない。どんな悲惨も悪も、ブッシュのイラク攻撃さえも、人間の幸福のために阻止してやる、ということは、決してされない。人間のことはあくまで人間に任せて、ただひたすら見守っておられる。21年前の4月に初めて滝沢先生のお話を伺ったときに、「(神が万能なら)どうして人間の世界から差別がなくならないのですか?」という質問を私がしたときに、先生は、インマヌエルの原点における人間の絶対平等を指し示す答えをされた。私たち人間が日々出くわす矛盾や疑問への答えは、神人の原関係点に目をこらして、「考えて、考えて、考え抜く」ことによってしか、与えられないのでしょうね。
10:40:37 | joy | No comments | TrackBacks