Complete text -- "神はWebに住まうか そしてGoogleの神とは?"

20 January

神はWebに住まうか そしてGoogleの神とは?

joy 先日の、Webの知が、群衆の叡智、もしくは集合知をなす(梅田望夫氏のBlog記事)、ということについて、もう少し考えてみたいと思います。

 集合知とは、創造的なものがつながっていることだと思います。Web上でなぜこれが成立しているのか。
 このことは、一人一人に創造的なるもの(すなわち神)が宿っているという気づきによって、知ることができるのだと思います。この気づきこそ、私自身が自分自身の限界点で神と向き合うことでもたらされるものです。

神への知があればこそ、Webの無限にも向き合うことができる、といえると思います。Webのこの無限性、全体性へのまなざしを持って、WebにWeb2.0と呼ばれる双方向的な革命をなしとげた者は、Googleです。

 Googleは、これまた梅田望夫氏『Web進化論』によれば、神の視点をもってWebを見ているとなります。ここでGoogleの神とは、どのような神なのでしょうか。
 世界を全部データとして把握し、検索によってすべてのデータに容易にアクセス可能にする。世界全体を把握しようとしていることで、Googleは支配者としての神に立とうとしているのか、と思えるかもしれません。

 しかし私はこれは、僭越ながら述べさせてもらえば、Googleが知の全体や自分自身に対し、開かれた姿勢でいるか、閉じているかによるのでは、という気がします。つまり、無限性やその気配への、硬直的でない姿勢をもっているか、否か。これがGoogleが世界を支配する神に立つか、それとも無限性である神に向き合おうとしているか、を分けるような気がします。

 創造的なもののつながり、創造の母体である無限性、これを思うことがいま、最も優れてWebの総体を受け止めることになるなら、そのWeb的創造が、いま神の現前によって、私自身の内でまさになされることに、参与したいと思います。
 
 これはWebの無限と私自身が、創造の神によってつながっている、ということです。すべてに先だって、神が私たちみんなの元にいた、ということです。ここに、私たちのWebでのすべてのエキサイティングな創造的行為の、始まりがあると思います。つながりを実感し、実現できるからです。




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11:41:37 | joy | | TrackBacks
Comments

無料出会い wrote:

暑いですが頑張ってくださいね。。。
09/15/10 21:34:51
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